16世紀後半にイギリスに入ってきたジャガイモは、アイルランドではたちまち広まったものの、イングランドとスコットランドではそこまで浸透せず、長い間「底辺の食べ物」「悪魔の根っこ」呼ばわりされて非常に不人気な食材でした。ところが18世紀後半に産業革命が始まると、その牽引力となった労働者階級はジャガイモを安価で高栄養価の優れた食材として好んで食べるようになり、爆発的に普及。現在のイギリスにおいては国民一人当たりのジャガイモの年間の消費量は100kg以上と、同約25kgの日本人の4倍も食べている計算となり、まさにイギリスの国民食とも言える地位を築いています。
1840年代は焼きポテトや揚げポテト単体で売られていましたが、それではフィッシュの方はどうだったのでしょうか。ここで重要になってくるのが産業革命です。1860年代に入り帆や人力に代わる新しい船の動力である船用のエンジンの登場です。基本的にフィッシュ&チップスの材料となるタラは海の底の方に生息しており、彼らを獲ろうとする時、トロール(底引き網)という漁法が採られます。船用のエンジンが開発されたことで、このトロールによる漁獲が一気に拡大しました。
そして冷蔵技術や輸送技術など、漁獲から消費者のもとへと経路が一気に繋がり、都市部に大量のタラ等の魚介がもたらされることとなりました。ここでポテトフライと魚のフライが共に供せられるようになり、ついにフィッシュ&チップスの誕生となりました。このトロール漁業により水揚げされたタラ・オヒョウとジャガイモで作られたフィッシュ&チップスは、同様に大量生産食材を用いたベーコン&エッグズと共に、産業革命以降の下層階級の栄養状態を大いに改善しました。労働者たちは工場から自宅に帰る前にひいきののフィッシュ&チップス屋にちょいと立寄り、揚げたての魚とポテトを新聞紙に包んで持ち帰り、塩をしてモルトビネガーをたっぷりとかけて食べるのがお気に入りでした。安価で、すぐに食べられ、さらに腹持ちの良い食事を求めていた労働者のニーズに直撃大ヒットしたのです。
第一次大戦のイギリスの勝利を食事の面から支えたと云われるフィッシュ&チップスは、やがて国民食とさえ呼ばれるようになっていきました。第二次大戦では数少ない配給食糧として市民に提供され、時の大臣はこのフィッシュ&チップスの配給を途切れさせないよう大変な努力をしたと言います。第二次大戦後もイギリス国民のソウルフードであり続けたフィッシュ&チップスは、その原料であるタラやオヒョウが豊富な寒い海に囲まれているという地の利にも支えられていました。
しかしイギリスがトロールの規模を拡大していくにつれ、新たな問題が発生しました。1944年にデンマークから独立したアイスランドによる、イギリスのタラ漁への執拗な抗議です。独立したばかりのアイスランドにとって、主だった産業とはまだタラ漁くらいのもので、漁場の主張は国の生命線だったのです。その漁場をイギリス漁船が荒らすとして激怒したアイスランド人は、イギリスとの間に三次にわたり争い、後にタラ戦争と呼ばれることになります。因みに冷戦(Cold War)をもじってCod Warsというらしいです。Codはタラの意。1958~1975年の三次にわたる紛争のなかで、奇跡的に死者一名けが人一名と犠牲者こそ少なかったのは不幸中の幸いと言えるでしょう。そしてNATO基地閉鎖をちらつかせるアイスランドを前に折れたイギリスは豊かな漁場を一つ失う事となり、1500人の漁師と7500人の漁業関係者が職を失う事となりました。
1980年代に入ると乱獲とトロールによるタラの産卵場の荒廃などによりタラの漁獲が激減しました。数が減れば当然値段もお高い物となり、こうしてフィッシュ&チップスの値段は高止まりし、タラの漁獲量が回復しないうちに安価なハンバーガーや中華料理などにファストフードとしての地位を奪われていくこととなりました。枯渇寸前にまで追い詰められたタラの数が回復し、早くまた安くておいしいフィッシュ&チップスの食べられる日が来ることを祈ります。






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